パーソナルショッパーディレクター江川誠一 プロフィール

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全てのお客様から自分だけが選ばれるための
パーソナルショッパーディレクター
江川誠一 | Seiichi Egawa

【自分で稼ぐ力】を伝えるスペシャリストとして70回以上起業・副業セミナーを開催。500名以上が受講している。

彼自身がサラリーマン時代に副業でバイマをスタートして稼ぐことで独立している。そのノウハウをサラリーマンや主婦の方に伝えている。

 

生い立ち

江川誠一 -えがわせいいち-
1978年4月11日生まれ AB型

(汚れを知らない一番可愛かった頃の写真)

愛知県の小さな街ですくすく育つ

小学校の地区優勝の写真

幼少期の男子なら誰しもが憧れる秘密基地。
学校の裏山、家の縁の下、下水道、文字通り毎日が冒険だった。

冒険以外にもファミコン、ビックリマン集め、
キン消し(キン肉マン消しゴム)ガン消し(ガンダム消しゴム)集め、
ミニ四駆など昭和後期の遊びは一通りはまった。

サッカー、野球、バレーボール、バスケットと
球技系のスポーツも好きで積極的にクラブ活動に参加
してどの球技もそこそこにこなしレギュラーになる。

この頃から広く浅くなんでも一通りはやってみる癖があり
大きな挫折を味わうこともなく幸せに育つ。

高校は美術科で美術を専門に学ぶ

インドア、アウトドアで広く浅くミーハー道を進んでいたが
絵を書くことや物を作ることは好きで幼少期からずっと
続けていた。

高校進学時にできれば地元から離れた高校に行きたくて
名古屋の高校に美術科があることを知り、
自分の一番得意を活かせると思い東邦高校美術科を受験。

入試にデッサンの実技試験もあったが独学で
試験合格し高校在学中は写真家や芸術家を志す。

しかし、結果は勉強よりも遊びを頑張る日々だった。

 

高卒フリーター

高校卒業後は専門学校に進学する資金を
自分で稼ぐという言い訳を胸にフリーターとなる。

いくつものアルバイトを掛け持ちながら
稼いだお金は全て遊びや呑みに消えていく日々。

高時給を最優先にアルバイトを続けた結果、
やりたくないことを続ける日々。

カウンターだけの小さな居酒屋で顔馴染みの
オヤジさん達とくだを巻く毎日。

このままじゃダメだなと思い、
興味のあったアクセサリーや革小物を販売する
小売店でアルバイトを始める。

 

販売員から店長、職人へ

販売業は以前、携帯電話SHOPで2年間アルバイトを
していた経験からすぐにコツを掴む。

(この頃の携帯電話販売店は今のように受け身ではなく
ガンガン積極的に接客にいき、docomo希望で来店した人に
Tu-KaやJ-Phoneを勧めるような戦場だったので
そこで鍛えられた。)

販売スタッフの中でも好成績で居心地もよく
会社の規模は小さいが熱い社風に惚れて同社に就職。

革製品やシルバーアクセサリーの製造の技術を学び、
職人になりながらスタッフ20人を抱える本店の店長に就任。

 

人生の転機

ここまでの人生で大きな挫折もなく、
不自由も感じることなく気の向くままやりたいように
ゆるくしたたかに生きてきました。

ネットビジネス情報発信者によくあるパターンの
大きな挫折を味わったサクセスストーリーや

会社員時代になかなか給料が上がらない社畜が
ネットビジネスで大成功ストーリーもありません。

持ち前のポジティブ思考で、何があっても
「人生、ネタづくり」だと思っているのと、
冒険心から「なんでもやってみよう」と自由に
生きていました。

(幼い頃に両親が離婚したり、休みなく働いて給料未払いのまま社長に夜逃げされたり
 マンションに帰ったら家財道具から服や電化製品が全て捨てられてもぬけのからに
 なっていたり、1ヶ月頑張って働いた給料が「たまごっちUS版3つ」の現物支給
 だったり、詳細はここに書いてられないような経験は全てネタです)

そんなゆるく前向きに生きてきた人生に転機が訪れる。

ある日突然会社の創業者である会長に
「沖縄に行きたいか?」と言われて二つ返事「はい!」と。

 

一年間の沖縄漁師生活

日サロじゃなくて漁業焼けです

即決で決めた沖縄行き。これは、社員研修として
1年間沖縄の石垣島で漁師をすること。

この会社の創業者である、会長は一代で会社を築きあげた人だ。
グループ会社を3名の社長に任せて、石垣島にプール付き豪邸を購入し
家族と離れ単身漁師生活をしている漫画の主人公のような人。

そんな自然を相手に命がけの真剣勝負をしながら
片手間で優良企業の舵取りをする会長の
自宅に住み込み、寝食を共にし、助手として漁にでる
生活を1年間続けた。

 

否定され続ける毎日

それまで特に深く考えず行き当たりばったり生きてきた
自分の考えの浅はかさから行動の全てを否定される毎日。

普通の精神状態ではいられないから更に失敗を犯しては
それを隠し誤魔化そうとする全てを見透かされて
どんどん丸裸にされ、ようやく気づいた自分の
情けなさ。

だからこそ未来の自分に期待をして
本気で変わり、成長し自分に関わる全ての
人や物事に対して愛を持って生きていきたいと
思えるようになった。

この1年間がなければ今の自分はなかった。

 

サラリーマン、社長を目指す

無事に研修を終える頃には
地獄だと感じていた漁師の生活は天国だと感じていました。

そう感じられるようになっては、
修行の意味はないので名古屋に戻り現場復帰。

仕入れ部署に配属された際には、語学力が全くない中、
タイ・アメリカ・メキシコなど現地買付けや現地取引業者との交渉を経験。様々な経験を通して
将来的に場所や職種に捉われないワークスタイルに憧れを持つ。

会社を愛し、創業者を愛し、会社で出世することだけを目指し、サラリーマンの頂点とも
言える、勤める会社の社長になるべく休みなく働く。高卒フリーターが努力の甲斐もあり、
また、先輩や上司、仲間たちの協力もあり、社員200名弱の会社の執行役員にまで登り詰める。

しかし、そこからの日々は社内の権力争い、足の引っ張り合い、20代に理想としていた
30代の自分と現実の大きなギャップ。愛していた会社に対する不満や自分の実力に見合わない地位、
いつの間にか、ただ会社に依存し、その収入や地位にしがみついている自分に気づく。
このままでは社長になるのは到底無理。また、上に行けば行くほど周りに迷惑をかけるのではないかと、
不安な日々を過ごす。

そんな時に東北大震災が起こり、休日を利用して現地のボランティアに参加。
現地で、昨日まであった会社も自宅も全てなくなるという現実を目の当たりにし、
会社がもし無くなったとしても自分自身で生きていくことができるのか
これから家族ができた時に家族を自分自身の力で守っていけるのか真剣に考える。

このままでは、何も変わらないと思い退職を決意、会社に辞表を提出。
半年後に退職する旨を伝える。

再就職は念頭になく、独立後は自分自身で稼いで生活するつもりだった。
それからインターネットや本やセミナーで自分にできることを模索するが、
特別なノウハウや免許も資格もなく、何をしたらいいのかわからない。
35歳で無計画に辞表を提出する過ちに気づく。

たまたま参加したインナーネットビジネス初心者向けセミナーでバイマを知る。
半信半疑でやってみたところしっかり進めれば利益が出ることを確信する。
退職までに4ヶ月しか期間がなかったため、すぐに起業家アカデミーの門を叩く。

バイマで月利益30万円以上を稼ぐ起業家を何十名も輩出するアカデミーで
正しい情報を吸収し活動を継続。決して特別優秀な成績ではないが6ヶ月で月利益30万円を
達成し9ヶ月で月利益130万円を稼ぐ。

しかし、バイマで転売するだけでは本当の意味で自由にはなれないと感じ、
ブランドと卸交渉や代理店交渉を進める中で、人気ブランドとプロジェクトが進み、
日本法人を設立。ラフォーレ原宿に出店。

独立前からずっと住んでいた名古屋から離れ、湘南に移住。20代の頃に憧れた
時間や場所、職種に捉われないワークスタイルを実践。自らの経験を活かし、起業や副業を
検討しているサラリーマンや収入を増やしたい主婦に向けてセミナーを開催している。
起業・副業のはじめの一歩を踏み出す人を週末起業コンサルタントとしてサポートしている。

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江川誠一からのメッセージ

はじめまして江川誠一です。
人生を豊かに楽しむためにはお金稼ぎにフォーカスするだけではダメです。
しかし、何をするにも最低限の生活ができるくらいの収入の柱は必要です。

収入の柱、ライスワークとしてバイマで稼ぐことをすすめています。
それは限りなくリスクも少なく、再現性も高いビジネスで江川自身はもちろん、
今まで多くの生徒さんが実践することができているからです。

収入の柱を作った上で、自分らしく働くスタイル、ライフワークもやりやすくなります。
ライスワークとライフワークを両立させて、自分だけの地図を開き、
人生という大冒険を楽しむ旅に出ましょう!